[68] 新版 動的平衡──生命はなぜそこに宿るのか/福岡伸一(小学館新書)

「行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…」

 ご存じのように、これは『方丈記』(鴨長明)冒頭の文です。著者の福岡氏は、私たちの体を形作っている細胞もこの河の流れと同じだと言っています。
「生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである」
「つまり、そこにあるのは、流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が『生きている』ということなのである」

 

 私たちの体は分子的な実体としては、数ヶ月前の自分とはまったく別物になっています。西洋の諺にもあるように「あなたは、あなたが食べた物そのものである」というわけです。
 私たちの体を構成するものは、元をたどると食べ物に由来する分子です。その分子は環境からやってきて、いっとき、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていきます。
 こうした生命観は、じつはシェーンハイマー(生化学者)が初めて唱えたものですが、著者は彼の考え方をさらに拡張して「動的平衡」と名づけたのです。

 

 著者によれば、現在の私たちは「動的平衡」と真逆な「機械論的生命観」に強く影響を受けていると言っています。生命現象はすべて機械論的に説明可能だと考える生命観です。この生命観を最初に唱えたデカルトは、次のように述べています。
「心臓はポンプ、血管はチューブ、筋肉と関節はベルトと滑車、肺はふいご、すべてのボディ・パーツの仕組みは機械のアナロジーとして理解できる。そして、その運動は力学によって数学的に説明できる」
 福岡氏は、現在の私たちがこの「機械論的生命観」に深く侵されているといいます。
「生命を解体し、部品を交換し、発生を操作し、場合によっては商品化さえ行なう。遺伝子に特許をとり、臓器を売買し、細胞を操作する。これらの営みの背景にデカルト的な、生命への機械論的な理解がある」
 こうして、生命はミクロな分子パーツからなる精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱いうるという考え方が支配的になっていったのです。

 

 しかし、著者はそうした考えに異議を唱え、これを克服しなければならないと言っています。
「動的平衡にあるネットワークの一部分を切り取って他の部分と入れ換えたり、局所的な加速を行うことは、一見、効率を高めているかのように見えて、結局は動的平衡に負荷を与え、流れを乱すことに帰結する」
 その根拠として、次のように述べています。
「遺伝子組み換え技術は期待されたほど農作物の増収につながらず、臓器移植は未だ決定的に有効と言えるほどの延命医療とはなっていない。ES細胞の分化機構は未知で、増殖を制御できず、奇跡的に作出されたクローン羊ドリーは早死にしてしまった。
 こうした数々の事例は、バイオテクノロジーの過渡期性を意味しているのではなく、動的平衡としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性を証明しているように、私には思えてならない」

 

 さらに環境と私たちの関係についても──
「環境にあるすべての分子は、私たち生命体の中を通り抜け、また環境へと戻る大循環の流れの中にあり、どの局面をとっても、そこには動的平衡を保ったネットワークが存在していると考えられるからである」
 生命が「流れ」であり、私たちの体がその「流れの淀み」であるなら、環境は生命を取り巻いているのではない。生命は環境の一部、あるいは環境そのものであるというわけです。

 

 この本はタイトルを見ると難しそうですが、下記のような身近な疑問を織り交ぜながら解説しているので意外とスラスラ読めてしまいます。
 なぜ大人になると時間が早く過ぎるようになるのか?
 なぜコラーゲンを食べ物として摂取しても、衰えがちな肌の張りを取り戻せないのか?
 なぜクローン羊のドリーは短命だったのか?
 様々な疑問を「動的平衡」の視点から解き明かしています。ぜひ一読をおすすめします。

 

【おすすめ度 ★★★】(5つ星評価)


関連ページ

[1] エンデの遺言/河邑厚徳+グループ現代
[2] 「原因」と「結果」の法則/ジェームズ・アレン
[3] 富を「引き寄せる」科学的法則」/ウォレス・ワトルズ
[4] 流れとかたち/エイドリアン・ベジャン
[5] 唯識十章/多川 俊映─
[6] 2045年問題/松田卓也
[7] トランスパーソナルとは何か/吉福伸逸
[8] 一流人たちの感性が教えてくれた「ゾーン」の法則/志岐 幸子
[9] ザ・マスター・キー/チャールズ・ハアネル
[10] 禅と食/枡野 俊明
[11] プロセス指向心理学/アーノルド・ミンデル
[12] ルーフ・オブ・ヘブン/エベン・アレキサンダー
[13] 異次元は存在する/リサ・ランドール
[14] ザ・シークレット/ロンダ・バーン
[15] 宇宙瞑想/横尾忠則対談集
[16] アップデートする仏教/山下良道、藤田一照
[17] ザ・ゲート/エリック・パール
[18] 100万回生きたねこ/佐野洋子
[19] 神様のホテル/ビクトリア・スウィート
[20] 風邪の効用/野口晴哉
[21] わら一本の革命/福岡正信
[22] ネイティブ・マインド/北山耕平
[23]生きる。死ぬ。/土橋重隆、玄侑宗久
[24] あわいの力/安田 登
[25] 里山資本主義/藻谷 浩介
[26]しらずしらず/ムロディナウ
[27] すべては宇宙の采配/木村 秋則
[28] 奇跡の脳/ジル・ボルト・テイラー
[29] 祈る心は、治る力/ラリー・ドッシー
[30] 脳の神話が崩れるとき/M・ボーリガード
[31] なぜ、これを「信じる」とうまくいくのか/マシュー・ハトソン
[32] 超常現象 科学者たちの挑戦/NHK取材班
[33] 皮膚という「脳」/山口 創
[34] 魚は痛みを感じるか?/ヴィクトリア・ブレイスウェイト
[35] 食品の裏側──みんな大好きな食品添加物/阿部 司(東洋経済)
[36] 「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み/木内鶴彦(晋遊舎)
[37] かもめのジョナサン完成版/リチャード バック(新潮社)
[38] 「ビジネスゲーム」から自由になる法/R・シャインフェルド(VOICE)
[39] 思考のすごい力/ブルース・リプトン(PHP研究所)
[40] 脳科学は人格を変えられるか?/エレーヌ・フォックス(文藝春秋)
[41] がんが消えた──ある自然治癒の記録/寺山心一翁(日本教文社)
[42] 体の知性を取り戻す/尹 雄大(講談社現代新書)
[43] 宇宙のパワーと自由にアクセスする方法/ディーパック・チョプラ(フォレスト出版)
[44] 腰痛は怒りである──痛みと心の不思議な関係/長谷川淳史(春秋社)
[45] 野生の体を取り戻せ!/ジョン J・レイティ、リチャード・マニング(NHK出版)
[46] がんが自然に治る生き方/ケリー・ターナー(プレジデント社)
[47] 打てば響く/竹村文近、大友良英(NHK出版)──音の力、鍼の力
[48] 病は心で治す──健康と心をめぐる驚くべき真実/リサ・ランキン(河出書房新社)
[49] フューチャー・オブ・マインド──心の未来を科学する/ミチオ・カク(NHK出版)
[50] 目の見えない人は世界をどう見ているのか/伊藤亜紗(光文社新書)
[51] 仏教思想のゼロポイント──「悟り」とは何か/魚川祐司(新潮社)
[52] 世界の中にありながら世界に属さない/吉福伸逸(サンガ)
[53] ONE──「1つになる」ということ/加藤秀視(徳間書店)
[54] 食べない人たち──「不食」が人を健康にする/秋山佳胤、森美智代、山田鷹夫(マキノ出版)
[55] 体をみれば心がわかる──ボディートークの世界/増田明(創元社)
[56] 植物は〈知性〉をもっている/S・マンクーゾ、A・ヴィオラ(NHK出版)
[57] 無意識の整え方/前野隆司(ワニ・プラス)
[58] 悲しみの秘義──悲しみを通じてしか見えてこないものがある/若松英輔(ナナロク社)
[59]ゴースト・ボーイ──10年の植物状態から目覚めた少年/M・ピストリウス(PHP)
[60] 第七感──運命を変える不思議な力/さだじぃ(晋遊舎)
[61] 無病法/ルイジ・コルナロ──102歳を生きた偉大なルネサンス人の食生活と教訓
[62] インターネットの次に来るもの/ケヴィン・ケリー(NHK出版)
[63] あなたの体は9割が細菌──微生物の生態系が崩れはじめた/アランナ・コイン(河出書房新社)
[64] ただ生きていく、それだけで素晴らしい/五木寛之 (PHP研究所)
[65]胎児の世界──人類の生命記憶/三木成夫(中公新書)
[66] 細胞から若返るテロメア・エフェクト/エリザベス・ブラックバーン(NHK出版)
[67] 遺伝子は、変えられる/シャロン・モアレム(ダイヤモンド社)

●トップページ ● 書評 精神世界の本 ベスト100 ● スピリチュアル書店 ● 出版社&WEBマガジン ● トピックス