[65] 胎児の世界──人類の生命記憶/三木成夫(中公新書)

「人工知能は心を生み出すのか?」──

 最近はAI(人工知能)への関心が高まり、数多くの人工知能関連の本が書店に並んでいます。なかには「心を持った人工知能」「ロボットも心は持てる」など、心と人工知能について書かれたものも多くあります。
 こうした本の中には「脳のメカニズムを解明していけば、いずれ心の仕組みもわかるようになるだろう」と言っている著者もいます。
 しかし、この主張に違和感を持つ人は私だけではないと思います。これらの本は、主に脳神経科学あるいは情報科学の視点から書かれたものが多く、私には「思考」と「心」を混同しているように思います。
 ただ、はっきりと「そんなことはあり得ない」と言い切れる理由を示せないのが正直なところです。

 

 ところで、1988年にアメリカで当時最も先進的といわれる移植手術が行なわれました。心肺を同時に移植する手術で、移植を受けた患者は、すっかりドナーの性格に入れ替わってしまうという報告がありました。性格ばかりではありません、趣味嗜好や習慣、性癖なども変わってしまったそうです。
 この事例をどう理解すればいいのでしょうか。
 今回、紹介する本は35年前に出版された本ですが、著者は「心は脳にあるのではなく、臓器など身体全体を流れる波動エネルギーのようなものだ」と言っています。このエネルギーは、脳だけに流れるものではなく、体のいたるところに流れている。脳はそのエネルギーを電気信号として読み取る受信機に過ぎず、臓器こそが発信機であるというわけです。つまり、脳は内臓の波動エネルギーを反映した鏡に過ぎないということです。

 

 では、その内臓の波動エネルギーは、どこから来ているのでしょうか?
 著者によれば、それこそが「生命記憶」として、全細胞に宿っているというのです。そして、この「生命記憶」は人の発生過程である胎児の世界に如実に現われていると述べています。
「胎児が育まれる子宮の羊水は、古代海水の組成とほぼ同じだといわれています。胎児はこの羊水の中で十月十日(とつきとうか)の間、地球の海を舞台に繰り広げられた『生物進化』の大河ドラマを演じるのです。
 胎児が刻々とかたちを変えて、脊椎動物5億年のドラマを再現していくシーンがそこに映っています。鰓(えら)が消え、鰭(ひれ)が手に変わっていく。その顔と手の変貌がはっきり見える。胎児の顔に漂うもの──それはまぎれもない動物のおもかげです。あの軟骨魚類のおもかげが、あっという間に爬虫類のそれに変わり、やがてそれが哺乳類に向かっていくのです」
 これはヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という仮説で、人間が受精してから出産に至るまでの期間に「生物の進化の歴史」を辿っているというものです。そこには、魚類から哺乳類に至る「生命記憶」のおもかげが次々と浮かび上がってきます。

 

 最後に、三木成夫が単なる解剖学、発生学の範疇には収まり切れない「自然哲学者」であったことが、次の言葉からも伺えるでしょう。
「最初の生命物質は30億年前の海水に生まれたという。それは、この地球をつくるすべての元素を少しずつもらい受けた1個の球体であったと考えられる。この原始の生命球は、したがって『母なる地球』から、あたかも餅がちぎれるようにして生まれた、いわば『地球の子ども』ということができる。それは、『界面』という名の胎盤をとおして母胎すなわち原始の海と生命的に繋がる、まさに『星の胎児』(スターチャイルド)と呼ばれるにふさわしいものとなるであろう」
 映画「2001年宇宙の旅」のラストシーンにスクリーンいっぱいに映し出された「宇宙空間にただよう胎児の相貌」が目に浮かんできます。彼が胎児の研究を通して宇宙の根源にまで関心の目を向けていたことがわかります。

 

【おすすめ度 ★★★★★】(5つ星評価)


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