[5] 唯識十章──人はなぜ悩み苦しむのか/多川俊映─(春秋社)

[5] 唯識十章──人はなぜ悩み苦しむのか/多川 俊映(春秋社)

 私は過去に読んだ本を10年後、20年後に再読することがよくあります。

 これは私のクセなのですが、初めて読む本には、印象に残ったり重要だと思った箇所に必ず赤線を引いておりました。
 ところが、同じ本を10年後に読むと、重要だと思う箇所が昔引いた赤線の所ではないことが多いのです。同じ本なのに、今の自分は赤字のついていない箇所に共感しているのです。
 読書というのは、ある意味では自分が理解している文章しか目に入ってこないのかも知れません。共感していない箇所は字面だけ追ってるだけで、じつはまったく頭の中に入ってこないようです。10年前の自分と現在の自分を比べてみると、体験の深さや心の状態も変化しています。
 だから同じ本を読んでいるのに、その時の自分の心の状態を投影しているので違って見えてくるわけです。
 また、二人の人が同じ花を見ても、その花にまつわる思い出がそれそれ違うので、まったく違う印象を持つことはよくあります。見える対象にそれぞれ自分の気持ち(心)を投影しているわけです。極端に言えば、同じ赤色を見ても人によって違って見えているということです。

 

 今回紹介する本は、そうした「心の投影」によって対象を変形して認識してしまう人間の心の在りようを探究しています。
「私たちは、それぞれの心の在りようによって、自分たちの都合のいいように、生活する上で接しなければならないものすべてを変形して認識している」
 それが、私たちの現実のスガタだと「唯識(ゆいしき)」は考えています。
 また、「私たちが熟睡している時、意識(第六識)の働きは停止しています。意識は常に働いているものではなく、トギレがあります。でも同時に、そのトギレをつないでいくものがなければ、統一体としての『私』というものが成立しません」
 唯識仏教ではそうした間断のない心の潜在的な領域を「阿頼耶識(アラヤシキ)」と呼んだのです。
 この阿頼耶識という深層の心は、単に私たちがこの世に生を受けてからの体験を蓄積した「蔵(貯蔵庫)」という意味だけではありません。ある意味で、はるか遠い過去、人類の生い立ちまで遡るものを秘めているとも言えます。手塚治虫が『火の鳥』で描いたテーマであり、ユングの「集合的無意識」にも通じます。
 末那識(マナシキ)は、その変わらないということが阿頼耶識の本質だと考えようとする心の働きです。そして、阿頼耶識を対象として、これこそ自己に関する普遍的な実体(自我)であると錯覚し執着します。この執着心こそが私たち人間の悩み・苦しみの根幹であるというわけです。
 ところで、阿頼耶識は、過去の行為の結果として貯蔵されたものですが、善でもなく悪でもない「無記」なものと考えられております。このことは、動かすことのできない過去を持ちながら、同時に私たちは、運命を変える可能性を持っているとも言えます。善でもなく悪でもない「無記」の存在として、今ここに在るからです。

 

 次に、唯識の心の構造を分類している箇所がありますので、引用しておきます。
「唯識仏教では、私たちの心は八つの心(八識)で構成されていていると考えています。表層の心である顕在意識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)から、深層の心である潜在意識(末那識・阿頼耶識)まで八つの識(第一識〜第八識)で構成されているわけです」
 仏教用語がたくさん出てくるので、ちょっと馴染みにくい文章かも知れません。
 よく知られるように、唯識仏教は「唯識三年倶舎(くしゃ)八年」と言われるように、倶舎仏教を八年勉強したうえに、唯識仏教を三年やれば理解が得られると言われるほど難解な教義です。
 私はたくさんある唯識の本の中でも、この多川俊映氏の『唯識十章』は非常に分かりやすく書かれているので、仏教の予備知識がまったくない人でも十分に理解できると思います。本のタイトルが『唯識十章』となってるので堅苦しく感じられますが、誰にでも分かるようにやさしく書かれています。私が解説するよりは理解しやすいので、ぜひ一読してみてください。
 西洋では19世紀後半〜20世紀にかけてジークムント・フロイトが初めて「潜在意識」を発見したと言われています。それを考えると、9世紀初頭の日本で、すでに唯識仏教(仏教心理学)によって「潜在意識」が探究されていたという事実は驚くべきことです。
 最近は「潜在意識」というと、海外の心理学の本やその解説書を読んでいる方が多いと聞きます。我々はもう一度、日本古来からの知恵を再認識してもいいのではないでしょうか。

 

 私は20代の頃、奇妙な夢を見ました。
 ある日、いつものように目が覚めたので、すぐ起きてトイレに行こうとしました。あとで分かったのですが、じつはその時はまだ夢の中にいたのです。
 トイレの入り口に差し掛かった所で、突然、また目が覚めたのです。私はまだ布団の中におりました。その時、私は初めて「目が覚めたという夢」を見ていたことに気がついたのです。「ダブル夢」とでも言うのでしょうか。「なんだ夢だったのか」と一人で苦笑したのですが、そのあと、私は言いようのない奇妙な感情に襲われたのです。
「ひょっとして、まだ夢から覚めていないのではないか」という感情です。さっき一度覚めたはずなのに、まだ夢の中にいたわけですから、そう考えるのも無理はないでしょう。
 その時、私はとてつもない妄想?に取りつかれました。いつも何気なく生活しているこの現実が、ひよっとしてまだ夢の中かも知れないと本気で思ったのです。
 仏教では昔から、この現実世界も夢のようなもので実在していない(マーヤ)と言ってきました。ある意味では、現実世界は「心の投影」によって表れるバーチャル・リアリティかも知れませんね (^-^*) 私はこの夢の体験が「心の投影」を主要テーマにしている唯識仏教に興味を持つ一つのきっかけとなったと思っています。

 

【おすすめ度 ★★★】(5つ星評価)



書評 精神世界の本ベスト100に戻る

関連ページ

[1] エンデの遺言/河邑厚徳+グループ現代
[2] 「原因」と「結果」の法則/ジェームズ・アレン
[3] 富を「引き寄せる」科学的法則」/ウォレス・ワトルズ
[4] 流れとかたち/エイドリアン・ベジャン
[6] 2045年問題/松田卓也
[7] トランスパーソナルとは何か/吉福伸逸
[8] 一流人たちの感性が教えてくれた「ゾーン」の法則/志岐 幸子
[9] ザ・マスター・キー/チャールズ・ハアネル
[10] 禅と食/枡野 俊明
[11] プロセス指向心理学/アーノルド・ミンデル
[12] ルーフ・オブ・ヘブン/エベン・アレキサンダー
[13] 異次元は存在する/リサ・ランドール
[14] ザ・シークレット/ロンダ・バーン
[15] 宇宙瞑想/横尾忠則対談集
[16] アップデートする仏教/山下良道、藤田一照
[17] ザ・ゲート/エリック・パール
[18] 100万回生きたねこ/佐野洋子
[19] 神様のホテル/ビクトリア・スウィート
[20] 風邪の効用/野口晴哉
[21] わら一本の革命/福岡正信
[22] ネイティブ・マインド/北山耕平
[23]生きる。死ぬ。/土橋重隆、玄侑宗久
[24] あわいの力/安田 登
[25] 里山資本主義/藻谷 浩介
[26]しらずしらず/ムロディナウ
[27] すべては宇宙の采配/木村 秋則
[28] 奇跡の脳/ジル・ボルト・テイラー
[29] 祈る心は、治る力/ラリー・ドッシー
[30] 脳の神話が崩れるとき/M・ボーリガード
[31] なぜ、これを「信じる」とうまくいくのか/マシュー・ハトソン
[32] 超常現象 科学者たちの挑戦/NHK取材班
[33] 皮膚という「脳」/山口 創
[34] 魚は痛みを感じるか?/ヴィクトリア・ブレイスウェイト
[35] 食品の裏側──みんな大好きな食品添加物/阿部 司(東洋経済)
[36] 「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み/木内鶴彦(晋遊舎)
[37] かもめのジョナサン完成版/リチャード バック(新潮社)
[38] 「ビジネスゲーム」から自由になる法/R・シャインフェルド(VOICE)
[39] 思考のすごい力/ブルース・リプトン(PHP研究所)
[40] 脳科学は人格を変えられるか?/エレーヌ・フォックス(文藝春秋)
[41] がんが消えた──ある自然治癒の記録/寺山心一翁(日本教文社)
[42] 体の知性を取り戻す/尹 雄大(講談社現代新書)
[43] 宇宙のパワーと自由にアクセスする方法/ディーパック・チョプラ(フォレスト出版)
[44] 腰痛は怒りである──痛みと心の不思議な関係/長谷川淳史(春秋社)
[45] 野生の体を取り戻せ!/ジョン J・レイティ、リチャード・マニング(NHK出版)
[46] がんが自然に治る生き方/ケリー・ターナー(プレジデント社)
[47] 打てば響く/竹村文近、大友良英(NHK出版)──音の力、鍼の力
[48] 病は心で治す──健康と心をめぐる驚くべき真実/リサ・ランキン(河出書房新社)
[49] フューチャー・オブ・マインド──心の未来を科学する/ミチオ・カク(NHK出版)
[50] 目の見えない人は世界をどう見ているのか/伊藤亜紗(光文社新書)

●トップページ ● 書評 精神世界の本 ベスト100 ● スピリチュアル書店 ● 出版社&WEBマガジン ● トピックス