[28] 奇跡の脳──脳科学者の脳が壊れたとき/ジル・ボルト・テイラー(新潮文庫)

 この本は、ある朝、脳卒中に襲われ、左脳の機能を失った神経解剖学者が、完全に立ち直るまでの貴重な闘病記録です。8年にも及ぶリハビリを経て復活を遂げた彼女は、脳科学者として何を体験し何を発見したのか。

 脳科学者自身が、自らの体験をもとに「内側」の視点から詳細に描いている本は数少ないので、つい引き込まれて一気に読んでしまいました。彼女は、破壊された神経ネットワークをリハビリによって蘇らせたのです。私は、脳の驚異的な蘇生力に驚くとともに、彼女の情熱と努力に胸が熱くなりました。
本書は脳研究やリハビリの専門家にとって参考になるばかりでなく、治療現場においても必ず役に立つと思います。もちろん、わかりやすく書かれているので、一般の方が読まれても、十分に理解できる内容になっています。

 

 著者は、脳出血の拡大により左脳の機能が徐々に失われると,言語や記憶ばかりでなく、時間・空間を把握する能力も失ったと述べています。彼女は、その時の感覚を次のように表現しています。
「左脳が機能しなくなったので、残る右脳の機能が正面に表れてきたのです。まわりの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、もう体と他の物との区別がつかなくなりました。時間も止まり現在の瞬間だけです。意識のレベルが下がっていく中で、ある種の解放感と変容する感じに包まれ、自分が宇宙と一体化していくようです。それは、まるで仏教徒のいう涅槃(ニルヴァーナ)の境地のようでした」
 右脳が活性化することによって、意識の変容が起こり、一種の宗教体験(悟り体験)をもたらしたと語っております。

 

 この本については、多くの方々が論評しているので、私はこの宗教体験について、現在の脳科学者がどのように考えているのかを検証してみたいと思います。
 この著者が体験した「宗教体験」について、あとがきで茂木健一郎氏や養老孟司氏ら脳科学者は次のように述べています。
「いわゆる宗教体験、あるいは臨死体験が脳の機能であることは、いうまでもない」
(養老孟司)
「心はあくまでも物質である脳の働きとして生み出されている」
(茂木健一郎)
 いわゆる「唯脳論」です。しかし、本当にそうでしょうか。
 脳科学者が自らの手で執筆したという点では、ブログ[12]でも紹介しましたが、エベン・アレキサンダー医師の脳機能停止の体験報告(臨死体験)と酷似しています。しかし、彼の場合には大脳全体が機能停止したので、この著者(テイラー)の体験とは少し異なります。
 彼女の場合はあくまでも大脳の一部(左脳)の損傷です。アレキサンダー医師の場合は、大脳が完全に機能停止して昏睡状態に陥ったのです。にもかかわらず、彼は「明晰な意識とビジョン」が持続していたと述べております。(詳しくは、私のブログ『[12]プルーフ・オブ・ヘブン』を参照)
 したがって、本書の著者(テイラー)の場合は、脳科学者らが述べているように「心が大脳の働きによって生み出される」という仮説が当てはまるかも知れません。心は一つの「脳内現象」であって、脳の一部が壊れてしまえば、心の働きも失われてしまうというわけです。
 しかし、アレキサンダー医師の場合には、どう説明するのでしょうか。大脳は完全に機能していなかったのです。ですから、私は宗教体験が「脳(右脳)によって生み出される」という仮説については、大いに疑問を持っております。
 だとしたら、心は大脳皮質ではなく大脳以外の脳領域(間脳、脳幹、小脳、松果体)の働きに関係しているのでしょうか。あるいは、心は脳を含む身体の細胞全体の「エネルギー体」から生み出されるのか。いずれにしても、脳科学者らが主張するような現在の唯脳論は、まだまだ検証の余地が残っていると思います。

 

 私も大学で科学(物理学)を専攻していたので、多少は「科学の限界」についてはわかっているつもりです。ご存知のように、科学の理論は仮説を前提にして成り立っており、実験データがそれを裏付けているかぎり有効です。しかし、その仮説では説明できない新たな実験や観測データが出てくると、その理論も変更を迫られます。この数十年の間に、宇宙を説明する理論が、ひも理論、超ひも理論、超重力理論、ブレーン(膜)理論と目まぐるしく書き換えられてきたことはよく知られています。
 だから、脳科学者の多くが語るように、心が一つの「脳内現象」であるという考えも絶対的ではないと思います。彼らは未知の神秘現象も、いずれは科学によって解明されると考えています。しかし科学の歴史をみれば明らかなように、新たな発見をすると必ず新たな課題が次々と出てきます。つまり、未知の領域(謎)は増えてくるわけです。
 新たな発見によって、今まで見えなかった「神秘」が顔を出してくるのです。科学には終着駅はありません。永遠に仮説を立て続けるのです。私は科学というのは、そういうものだと思っています。

 

【おすすめ度 ★★★★】(5つ星評価)



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