[24] あわいの力──「心の時代」の次を生きる/安田 登(ミシマ社)

 

 みなさんは「あわい」という言葉をご存じでしょうか? 
 偉そうなことを言ってますが、じつをいいますと、私は古典芸能についてそれほど詳しくはありません。著者である安田氏は、30年以上にわたってワキ方として活躍している能楽師です。私はこの本を読むまでは、能の世界で、「あわい」という言葉が重要な概念であることを知りませんでした。
 彼は「あわい」について、次のように語っています。
「能は、媒体者であるワキが、異界の存在であるシテ(霊)と出会い、現実界と異界をつなぐ『あわい』の存在として、シテの思いを晴らすまでの物語を描いています。したがって、能について語ることは異界の『神』や『霊』について語ることを意味しています」

 

「あわい」というのは、簡単に言えば境界、間(あいだ)のことです。自己と環境、自己と他者、此岸と彼岸などを結ぶ「媒介」という意味です。
 能におけるワキ方は、私たちが失ってしまった「見えない世界(異界)を見る」感覚を呼び覚ます案内人の役割を果たしているのです。
 また、人間の身体も、環境や他者という外部との境界という意味では「あわい」といえます。彼は、能の技能は言葉ではなく、身体(あわい)を通して伝授されると述べています。
「人間は、身体という『道具』とのつき合い方に習熟することで、あらゆるものとつながることができる。身体は、じつは『あっちの世界』と人間をつなぐ、呪術性を帯びた『道具』なのです」
 つまり、私たちは身体(あわい)を媒介にして「異界」へとつながることができる。身体というのは自分にとっての「ワキ」であって、そういう意味では、すべての人が「あわい」を生きているということになります。

 

 ところで、著者は日本人の心について次のように述べています。少し長くなりますが、重要な部分なので引用させていただきます。
「日本的な心というのは三層構造からなっています。一番上、表層にあるのが、『こころ』で、その下に『こころ』を生む『おもひ』というものがあり、さらにその下、もっとも深い層に『心(しん)』が存在します。
 表層にある『こころ』の特徴を一言でいえば『変化』です。たとえば、去年まではあの人のことを好きだと言ってたのに、今年はもう違う人を好きになっている。そんな移ろいやすい感情が『こころ』です。
 その『こころ』の下には、表層の『こころ』を生み出すもとになる動的な心的作用、『おもひ』があります。『おもひ』のなかで重要なのが『こひ』という言葉です。『こひ』は、ふつうは『恋』という漢字をあてて恋愛感情をいうことが多いのですが、本来は自分のなかに、なんらかの欠落感があって、その欠落感が埋まるまで、なんとも落ち着かない、そんな不安定な状態をさします。その欠落を埋めようとするのが『こひ』であり『おもひ』であるのです」
 彼は、能を演じるということは、その「おもひ」を解凍していく作業だと言っています。そこで解凍された「おもひ」は客席にあふれていき、それが観客ひとりひとりの「おもひ」とシンクロして、そこに何かを生み出す。それが能という芸能なのだと述べています。

 

 その結果、どんな世界が見えてくるのでしょうか? 「こころ」では決して見ることができない世界(異界)が現われてきます。
「その『おもひ』の奥には、『おもひ』や『こころ』とは異質の心的作用である『心(しん)』があります。人間の感情のずっとずっと奥にあり、言葉を伴うことなく一瞬にして相手に伝わる何か、それが『心(しん)』です。それは『芯(しん)』や『神(しん)』にも通じる神秘的な作用です。以心伝心というときの『心(しん)』が、まさにそれです。言葉や文字を媒介とせずに、一瞬にして相手に伝わる何か、それが『心(しん)』なのです」
 心(しん)は、決して言葉で説明することができないものです。だからこそ、能の稽古が師匠から弟子に言葉ではなく「身体」を通して伝えられるのです。それは能だけではなく、狂言、歌舞伎、日本舞踊など、日本の芸道すべてに当てはまります。伝えるべきことは、いわゆる技術や手法ではなく「言葉にならないもの」、まさに『芯(しん)』だからなのです。

 

 著者は、文字を使っていなかった時代の人間は、この「あわい」の力(身体感覚)によって生きていたのではないかと述べています。
「『文字』以前の人間は身体の感覚に従って生きていた。それが、『文字』を使い始めたことで、脳で思考することが増え、人間がいわば『脳化』していった。それによって『心(こころ)』が肥大化し、『心』がもたらす副作用がどんどん大きくなってくる。『心の時代』と言われる現代、自殺や精神疾患の増加が象徴的に示すように、人類は自らがつくり出した『心』の副作用に押し潰されようとしている。そろそろ、『心』に代わる何かが生まれてくるのではないか?」 
 彼は、その糸口になるものが、身体を媒介にして「あわい」の感覚を磨くことだと述べています。「心(こころ)」だけで物事を理解しようとするのではなく、身体という「媒介」を通じて世界を見る。それは、「心(こころ)」の副作用によって苦悩する現代人にとって、生きるために必要な力となるはずです。ともすれば、頭でっかちになりがちな私へのメッセージでもあります。

 

【おすすめ度 ★★★】(5つ星評価)



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